2017年10月20日

ご参加希望の皆さまへ

つぶやき その75でもお知らせいたしました、11/1〜に催行いたします「雲蝶の魅力に感動するツアー」のご案内をさせていただきます。

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『日本のミケランジェロ・石川雲蝶』の作品を、雲蝶の「人となり」まで研究する中島すい子さんがロマンたっぷりに語ります!

瑞祥庵、西福寺、龍谷寺、穴地十二大明神の見学に他、特別に非公開作品をご覧いただけます。湯沢の酒蔵「白瀧酒造」の蔵見学と種類豊富な試飲もあり。

お宿では白瀧酒造のお酒を飲めて、地元食材を使った料理を召し上がれます。「利き酒師」の資格保有者であるお宿のご主人が、お酒に合うおつまみを、腕によりをかけて作ります。

新米コシヒカリのおにぎりと、ふのりそばの昼食2回つき。南魚沼産コシヒカリのお土産も。
この地ならではの秋を心ゆくまでお楽しみください。

日程:11月1日(水)〜 2日(木) 1泊2日
料金:24,800円 (税込)
募集締切:10月29日(日)
申込先/問合先:六日町観光協会
電話 025-770-1173

皆様のご参加をお待ちしております。

 
posted by 南魚沼雲蝶会 at 08:53 | Comment(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2017年10月17日

つぶやき その80

中島すい子の勝手なランキング
〜 南魚沼の七不思議 その3 〜

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≪この不思議な木をご存知ですか?≫
丸い実が1つ、葉っぱの真ん中にくっついていて不思議に落ちません。

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『ハンカチの木』っていうんだそうです。
なるほど! ハンカチで木の実を包むように見えるからですね。
面白い木もあるものです。

これと原理が似ているんでしょうか。
この南魚沼にも不思議な木があって、ちょうど今頃の季節! 面白い現象が見られます。イチョウの木です。

塩沢牧之通りのそばに長恩寺というお寺があります。石川雲蝶の作品をお持ちのお寺なのですが、今日は広い境内の脇にある大きなイチョウの木をご紹介します。

「なんだ、イチョウか。」

と思うでしょうが、最もポピュラーな木で全国各地にあるこの木、一方では生きている化石ともいわれて地球上にたった一族一種の貴重な植物なのだそうです。全国では20本ほどの存在が知られていますが、長恩寺にあるこの木もその内の1本なのでしょうか。現在、県の天然記念物の指定を受けています。

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このイチョウの木は普通の木とは違います。
全国にイチョウの木がどれくらいあるのかわかりませんが、不思議な現象を生み出すので、勝手に七不思議にランキングしました。

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「お葉付きイチョウ」といって葉の上に実をつける変種で、まさにハンカチの木と同じです。
大変珍しい現象なのだそうですよ。この木は雌木で途中から二股に分かれていて樹齢は400年ほど、まだまだ若い木で樹勢は大変盛んです。
今の時期、実(銀杏)がいっぱい付いていてその中から、お葉付きイチョウを見つけ出すのもきっと、楽しいですよ。鮮やかな黄色いイチョウの葉は、秋の青空によく映えます。

ではまた来週

すい子

 
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2017年10月11日

つぶやき その79

中島すい子の勝手なランキング
〜 南魚沼の七不思議 その2 〜


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『おまっつぁまの池』
普通に書けば『お松の池』という事になります。八箇峠の下にあって地元では『上の原の池』と呼ぶ人もいます。地元の民話として昔から語られてきた話で、その最後は涙なしでは語れないほど、民話としては地域性を感じずに居られない結末です。

この地域は昔から米作り一筋に精魂を傾けてきた人種です。
そして、野良仕事に男も女もありません。日の出から日没まで一家総出で働くんです。そんな一軒の家に、暖かい地方で育った気だてのいい娘が嫁に来て、慣れないながらも雪国の生活に馴染もうと一生懸命働き、家族も『いい嫁が来てくれた』と言って嫁を可愛がってくれました。

嫁の名前はお松。
そして初めての冬を迎えます。

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雪が降り込むと野良仕事ができませんので、女は冬の間機織りに精を出します。この家の姑は村一番の機織り上手だと評判で、織った布は高いお金で取引されていたんです。
姑はお松にも機織りを覚えてもらって、自分以上のいい機を織って欲しいと毎日のようにお松に機を織らせていました。

麻織物は乾燥すると切れる特徴がある為、寒い家の中でも特に湿気のある一番寒い場所を選んで暖房を使わず一冬機織りに精を出すんです。機織りには特に一生懸命だった姑は慣れない嫁の仕事に厳しく、来る日も来る日も機織りの指導を繰り返す毎日でした。

ここで生まれて育った娘は、物心着くころから機織りをしてきたので腕がいいのは当たり前のことですが、お松は暖かい国で生まれ育ったため、機織りなどしたことはなく、それでもいい布を織りたいと毎日姑から教わりながら織り続けたんです。

姑は嫁に早く機織りを覚えてもらいたいと、ただその一心でお松に厳しく指導しました。

家の中で一番寒い場所で機織りをする事、仕事が一段落するまでは機の手を休ませてはいけない事、それまでは食事をしてもいけない事、それはまるで嫁いびりのようですが、全てはお松に早く腕のいい織手になってもらいたいという姑の願いからで、お松も姑の心を理解しているため、お互いに努力したのです。

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しかし、ある時その張りつめた糸がプツンと途切れたのはお松の方でした。『もう自分には無理だ』と。
これだけ頑張っても姑の気に入る機が織れない。自分にはもう機を織る気力がなくなった。しかし、家族にはとても世話になった。心を込めてお礼に一反だけ織ってそれで最後にしようと、お松はそれまで以上に細かい仕事に集中して寒さを忘れ、魂を込めて最後の一反を織りあげました。

姑はその反物を見て余りにも美しい織目にお松を誉め、早速反物を役所に届けたところいい物だとして高い値段で買い取ってくれたんです。姑は早くそのことをお松に伝えようと家に帰ってきたのですが、お松の姿はどこにも見当たりません。どこを探しても見つかりません。

村人が総出で探したところ数日後、池の底からイザリ機を身体に巻き付けたお松の姿がありました。
姑はお松の身体に取りすがって泣き崩れました。『厳しくしたのは憎くてしたんじゃない。可愛いからこそ早く一人前の織手になって欲しかった』

その後、数日するとこの家から姑の姿も見えなくなり、お松と同じ池に身を投げたと伝えられています。

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機織りの苦労とは想像以上のものだと思いますが、全てが手作業の頃の話です。
現代では『まぼろしの布地』と言われつつある越後上布は、こうした織り方で織る織り手、つまり継承者がいないからなんですね。

そしてお松が身を投げた池の事を、誰とはなしに『お松の池』と呼ぶようになったんです。そして、不思議な事が時々あるといいます。雨のシトシト降る様な静かな日には、気のせいなのか、池の底の方から微かに機の音が聞こえて来るのだそうです。

機織りを苦にしたお松が、今でも池の底で織っているのでしょうか。

ツートントン・・・カラン・・・・
ツートントン・・・カラン・・・・

ではまた来週

すい子

 
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