2019年08月07日

つぶやき その150

≪雲蝶を語りながら 記念すべき150回目を迎えました!≫

このブログを書き始めてアッという間に、今週で150回目となりました
毎週水曜日と決めて更新してきましたが、1週間が早くて時々、間に合わずに飛び越えた週もありました。
コメントが長いとスルーされることが多いと聞き、なるべく短めにしたつもりでも結構な長文になり、後になって後悔する事も多々ありました
石川雲蝶に特化したマニアックなブログですので、誰でもちょっと覗いて楽しめる内容ではないので気が引けてしまうのですが、雲蝶を知ってもらうためのブログなのでこれからもこんな感じで継続していきたいと思っております。


雲蝶の似顔絵.jpg
度々このブログには書かせていただいていますが、雲蝶の人生は謎に包まれていて事実は1つしかありません。

江戸から越後にに移り住んで人生の後半の40年あまりを越後で過ごし、明治16年に70歳で人生の幕を下ろした…
これがたった1つの真実です。


そこに血や肉になる作品や口伝が寄り添い、雲蝶の人生を語れるようになったんです。
まだ謎は深く、その謎解きをしながら雲蝶の情報を掲載していこうと思っています。


このブログで少しでも石川雲蝶という人物に関心を持っていただけると嬉しいです。

ではまた来週

すい子


posted by 南魚沼雲蝶会 at 11:07 | Comment(0) | 会長のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2019年07月31日

つぶやき その149

≪ワンランク上の雲蝶ツアー・ 臨時増便が決まりました!≫

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先日3回目の『ワンランク上の雲蝶ツアー』が終了しました。
新潟日報の新聞掲載で大変好評をいただき、残すところ8月18日の最終回のみとなりましたが、9月の実施有無の問い合わせも多く、せっかくですからと、旅行会社さんが9月の臨時増便を設定してくれました。
思いがけない増便で嬉しい限りです(^^

8月は何かと家族イベントが多く、小さな子どもさんのいる家庭は夏休みに家族旅行という大イベントを予定している家も多い事と思います。お盆も合わせて、子ども中心の夏休みは一般のツアー旅行というのは影を潜めます。
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そこで、生活スタイルが正常になったところで大人の楽しみを・・・って感じでしょうか(^^♪
それが9月なんですね!

増便日程は、9月1日(日)・9月8日(日)の2回催行します。
ツアーの内容は今までと変わらず同じです。

六日町駅東口 8:30発 ⇒ 湯沢駅東口 9:30発 ⇒ 西福寺開山堂 ⇒ 摂田屋 サフラン酒本舗 ⇒ 栃尾秋葉公園内(昼食)・・・秋葉三尺坊奥の院 ⇒ 栃堀 貴渡神社 ⇒ 湯沢駅 17:30着 ⇒ 六日町駅 18:00着

お問合せ、お申込みは ⇒ 昭和観光旅行センター 025-778-2410

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雲蝶のストーリー性のある栃尾の作品と、圧倒する立体的な3Dの作品を同時に鑑賞できるツアーです。
ご一緒に雲蝶の残した生きた証を紐解きに行きませんか?

それではまた来週

すい子
posted by 南魚沼雲蝶会 at 08:00 | Comment(0) | 会長のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2019年07月17日

つぶやき その148

≪ 3点しかない雲蝶の正式職名 ≫

毎回書き始めはいつも天気の事が多いな…と、過去のブログを見ながら感じたところですが、やはり出だしはそれになってしまいます。挨拶代わりとしては空模様とか季節の話が一番無難な入り方ですよね。

そんな訳で昨日は朝からお日様が照りつけ、梅雨の季節だという事を忘れてしまう程、夏日を体感しました。
が…… その後こんな事が待ち受けているとは思いもしませんでした。
午後から急激に空模様が変り、一瞬のうちに大粒の雨が降り出して僅かな時間の間に大雨警報、土砂災害警報警戒レベル4、避難を勧めるニュースもありました。
と思ったら、夕方には地域のお祭りで花火が何事もなく盛大に打ち上げられていました。
こんな事って有りですか???? 

お天気の事はさて置いて、間もなく3回目のワンランク上の雲蝶ツアーが今週の日曜日に催行されます。
先日新潟日報の記事に掲載していただいたおかげで、満席で出発できるようです。
私がいくら大声を上げて吠えても届くところは限界がありますが、新聞メディアの影響力は絶大なものがあります。
ありがたや、ありがたや・・・

参加する皆さんにはお話しようと思っていますが、当日鑑賞する栃堀の貴渡神社、作品の中に分かりやすい小学生でも読めるはっきりとした楷書で刻銘が彫られています。

「彫工 石川安兵衛源雲蝶」雲蝶の落款もあります。
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この石川安兵衛源雲蝶という職名は、雲蝶が江戸で官工をしていた時の正式職名です。江戸で仕事をしていた時には効力があったのでしょう。
しかし天保12年より華美な祭りごとや不要な建物など、贅沢を一切禁止し、節約をして質素に生きようという天保の改革が行われるようになって、ご多分に漏れず幕府のお抱え彫り師も贅沢の一環で必要のない職業として全て解雇されてしまうんです。

その為腕のいい多くの職人たちは、仕事を捜しながら其々全国各地へと散っていったんですが、雲蝶もそんな1人で、越後の三条金物職人の内山又蔵との縁で越後に脚を入れる事になるんです。

越後に残る雲蝶の作品には刻銘があるものが多いのですが、それもいくつかのバージョンがあってたくさんの名前を使い分けていたようです。

匠雲蝶正照、 東匠、 石川匠雲蝶など、軒匠というのもあります。

雲蝶が江戸で使っていた「石川安兵衛源雲蝶」の職名の残る作品は、越後に3点しか見つかっていません。その3点の中の1点が今回鑑賞していただく貴渡神社の刻銘です。

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年表を重ねると3点の作品は、早い順から本成寺の塔頭寺院の一つ青蓮華院の向拝の手挟みが、天保12〜13年頃。
更にそこには「江戸高田住」と加えられているので、高田というのは雑司ヶ谷も含まれていたそうで、彼は江戸に居ながら何度か越後に行き来していたのではないかと想像できます。 
江戸高田に住んでいる彫工、つまり青蓮華院はまだ越後に永住していたわけではない時に、完成させたものだと伺えます。もしかしたら、これを完成させて一旦江戸に帰ったのかもしれない。

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その次に出来上がっているのが、燕の米納津にある本徳寺です。向拝の獅子の後ろの部分に「彫工 石川安兵衛源雲蝶」が記されています。
この寺の経緯をみると天保14〜15年頃だといわれます。

3点目が貴渡神社ですが、これは完成年度がきちんと彫られていまして、嘉永元甲と分かります。

ここで比較してみていただきたいのは、3点の其々の書体です。何か気が付く事ありませんか?2点に関してはなかなか読むことが困難なくずれ文字ですが、貴渡神社の刻銘だけは異常なほどの楷書で、彫っています。
更に、この楷書の文字は越後に残る作品の中で、これだけなんです。他にこれ程の楷書を残している作品は見当たらない。

ここでまた私の大好きな謎が生まれ、何でこれだけ?何か訳あって? 別な人物が彫ったのかしら? 書体は? 特徴は?
そんな疑問が頭の中を巡ります。

こんな疑問を今度のツアーに投げかけてみようと思います。
来週はその答えがご紹介できるといいんですが・・・

ではまた来週

すい子
posted by 南魚沼雲蝶会 at 16:47 | Comment(0) | 会長のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする