2020年02月12日

つぶやき その167

≪ 取り急ぎ ご報告を! ≫

群馬県に残る雲蝶の作品の詳細が判れば、雲蝶が越後に来る前の江戸での暮らしが何か判るかもしれない。
なぜ群馬に作品があるのか、誰が何のためにどのような経緯で雲蝶に依頼したのかが、神社の文献が残れば明らかになるはずなのですが、そこでずっと足踏み状態でした。
せっかく『越後にしかない雲蝶の作品』の定説が崩れ、謎の天才彫り師の謎解きができるかと喜んだのですが、自分の思うようにはなかなかいかないものです。

そこで先回の166の内容になった訳です。

このような文化財は行政では教育委員会の枠組みだそうで、「直訴」という意味は段取りを踏まず無鉄砲にこの組織の一番上におられる教育長に、直接直行したからです。
我ながら凄い試みだったと実感してますよ。時代劇では直訴の後、お手打ちになるのがパターンですので、軽くあしらわれてしまう事を覚悟で決行したんです。

しかし、多忙な立場にも関わらず、「直訴」の内容を確認したうえで石川雲蝶に関する資料を作成して来るようにと、アドバイスをいただいた訳です。
その資料で先方に問い合わせをして下さった事に大変感謝をしている次第です。情熱だけでは通じない事も多々あるのだという事を今更ながら感じました。
その結果、先方の回答を頂けただけでもとても大きな収穫でした。

こちらの神社からはご協力がいただけない事がわかりましたので、今後は違う方向からまた新たに雲蝶の謎を解いていきたいと思っています。 決して1ヵ所だけで終わる事は無いはず。
地元の人は180年も昔の石川雲蝶など知るはずもない、しかし現在でも日々目の当たりにしているのかもしれない。

左甚五郎のように歴史にその名を残しているほどの有名な人物ではなく、当時腕の良かった普通の彫り物師というだけなのだから。
普通の彫り物師の雲蝶の名前が、今後歴史に残っていくように活動したいと思っている次第です。

「トラは死して皮を残し 人は死して名を残す」とか・・・・

今週はコメントだけで画像がありません。
ではまた来週。

すい子
posted by 南魚沼雲蝶会 at 08:32 | Comment(0) | 会長のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2020年01月29日

つぶやき その166

≪最後の狭き門をたたきました≫

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先回でも投稿させていただきましたが、群馬県に埋もれていた石川雲蝶の作品。
昨年からその経緯を調べていましたが、神社の本殿にはめ込まれているため勝手に訪ねる事ができず、様々な方面から手を尽くしてみたのですがどうしても一歩前に進みません。

学芸員でもなければ、日本の美術史を専門に学んだわけでもなく、興味を持っている程度ではなかなか受け入れてはもらえず度々却下。

思い余った末、敷居の高いこちらの門をたたき直訴の決意を致しました。すぐに追い払われると覚悟の上でしたが、ありがたい事に、首の皮一枚で留まり打ち首は免れました。
石川雲蝶に関する資料を作成するようにと、アドバイスをいただき本日これから持参します。
やっと一歩は踏み出せました。

後日の報告で、本日はこれにて、また来週。

すい子
posted by 南魚沼雲蝶会 at 09:39 | Comment(0) | 会長のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2020年01月22日

つぶやき その165

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≪ 新潟県雲蝶サミットが終了しました ≫

三条雲蝶会が設立して10周年を記念し開催した「新潟県雲蝶サミット」が1月19日、滞りなく終了しました。
三条雲蝶会、大浦雲蝶会、栃尾観光協会、南魚沼雲蝶会、この4地域の普段の活動は、地域ごとに行われていますが、この日の雲蝶サミットは、県内の雲蝶会が一堂に集まり、それぞれ日々の活動の報告や今後の石川雲蝶をどのように県外、全国、海外に発信していくか、まさにオープン会議のようなスタイルで進められて行きました。

三条市は石川雲蝶という観光資源に対して非常に前向きで、協力的な地域です。
いつも三条市長が出席をして、ご挨拶をされています。今回も石川雲蝶を大いに広げていきましょうと、関係者に熱いエールを送ってくださいました。

過去10年に渡っての活動の報告は、三条雲蝶会の江畑 徹さん、栃尾観光協会からは大崎 勉さん、大浦雲蝶会では佐藤晴美さんが語りで、盛り上げてくれました。南魚沼雲蝶会からは中島すい子が、雲蝶と交流のあった家に残されていて、それを譲り受けた6尺の欄間3枚を映像で見ていただきながらのエピソードを話しました。
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その後のパネルディスカッションは、今後の雲蝶をどのように広めるかがどの地域でも課題になっていました。
インバウンドが叫ばれていますが、間もなくすれば雲蝶作品も瞬間に火の粉が吹き出すかもしれません。地方の山間地に多くの外国人が殺到した時に、先ずは社寺仏閣の受け入れ態勢が整っていなければ、トラブルだらけになってしまいます。

マナーを知って守って見学していただくには、受け入れる側も早めに対応を考えなければなりません。観光に訪れる側も、それを受け入れる側も気持ちよく終了したいですよね。

最後にはお忙しいスケジュールの中、瞬間移動 で上越から来られた、新潟県副知事の益田 浩氏から自分も雲蝶ファンだとおっしゃってくれて、力強い協力者が現れました。

また今年1年、其々に活動をしながら時々、今回のように情報交換をして石川雲蝶の足跡を再認識することも必要だと感じました。

ではまた、来週

すい子
posted by 南魚沼雲蝶会 at 10:33 | Comment(0) | 会長のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする