2021年04月02日

つぶやき その186

≪ 開山堂向拝手挟み  渡辺綱の鬼退治 ≫

これは先にご紹介した「酒呑童子の鬼退治」から続くお話になります。
西福寺開山堂の向拝には、面白い彫り物がいっぱい!

向拝ってどこですか? って聞かれることがあります。
お寺にあまりご縁が無い人や今時の若い人たちには聞き慣れない言葉かもしれません。「こうはい」と読みますが、大工さんとか職人さんは専門用語で「ごはい」という読み方をするそうです。

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お堂の中央に突き出した軒先の事です。簡単に言えばお堂の玄関にあたります。
どこのお寺に行っても向拝の周りには彫り物が彫られていますが、この西福寺の向拝は特に雲蝶の深彫りされた作品に埋め尽くされています。
そして人物が登場する作品には、必ずその一つ一つにキチンとタイトルと物語が添えられています。

今回はお堂に向かって右上にある小さな作品、もしかしたら小さ過ぎて目に入らなかった人もいるかも
「渡辺綱の鬼退治」が題材になっています。

渡辺綱は源頼光に仕え、頼光四天王の筆頭として知られた人物です。
源頼光が大江山に棲む酒呑童子という鬼を退治した話は有名ですね。頼光一行がめでたく鬼を退治したあと自分の屋敷で大勢の家来と鬼退治を済ませた宴を楽しんでいる時に、四天王の一人が羅城門に鬼がいると言い出しました。

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同じ四天王の一人、渡辺綱は「そんなはずはない!この王地の総門に鬼が棲むような事があってはならない!」
と、早速馬に乗り従者も連れず一人で羅城門に向かったんです。
そこで激しく鬼ともみ合った末についに綱は鬼の片腕を太刀で斬り落としてしまいました。
鬼は「時を待って必ず腕は取り返しに来るゾ!」と言って、黒雲の彼方に消えていったというのです。

いくつか話も伝えられていて、綱が鬼の腕を斬り落とす場面は「一条戻り橋の鬼退治」の設定だとも言われています。
一つの伝えられているストーリーの中で、作者がどの場面を取り上げて作品にしているのかは其々微妙に違います。完成された作品がどの物語を参考にしているのか、それを照合するには時間とヒマが必要

全ての作品に雲蝶は題名を残してはくれませんでした。
そのストーリー性を解き明かす時間が大変面白いのです。このストーリーも参考としてお楽しみください。

ではまた

すい子
posted by 南魚沼雲蝶会 at 13:49 | Comment(0) | 会長のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2021年03月17日

つぶやき その185

≪ 韓信の股くぐり ≫

こんな世の中でも、世間ではあちらこちらから桜の便りが聴かれ、本来なら心ウキウキしながらお花見見物で沸き立っている時期なのですが、今年もお花見どころではないのでしょうか。
魚沼にも何処からともなく春の足音が聴こえてきそうな気配です。
周りの山々の斜面も、うっすらと山肌が見え始め暖かい南風でも吹けば、一気に雪融けが進みそうなこの頃です。

さて、今回は珍しいものをご紹介します。

「雲蝶の作品は越後にしかないのだ!越後に来なければ観る事は出来ない!」と言っていたのは私自身でした。
未だかつて越後以外から、雲蝶の彫り物が出てきたという話が無いからでした。
とは言っても、水面下ではどうなっているのかなど私程度の者には分かり兼ねますが、人生の前半を江戸で過ごしているので、もしかしたら越後以外にあっても不思議な事ではありません。

雲蝶が習得した石川流の元祖は、上州花輪です。
その辺りの関わりを知りたくて花輪を訪ねたのですが、ここで偶然にも石川雲蝶の名を見る事ができました。

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神社の本殿の胴羽目に彫られた、まさしく石川雲蝶の作品でした。
神社の本殿に彫られているため、越後から流出したものではなく雲蝶がここで仕上げた物だと考えられます。
その作品には雲蝶が持っていた正式職名「江戸 彫工 石川安兵衛源雲蝶」と刻まれています。刻銘の部分を拡大してみました。

越後入りする前の江戸にいた時の作品だと考えられ、何枚か彫られていますが刻銘があるのはこの作品だけでした。
雲蝶がどんな題材でどの場面を構図に選んだのかを調べてみました。


題材は「韓信の股くぐり」です。
韓信という人は中国の武将で、楚漢戦争において活躍し漢を勝利に導いた大将軍でもあります。簫何、張良と並んで漢の三傑とよばれるほど前漢の初代皇帝劉邦の下で活躍をした人物です。
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大きな目的を実現する為に、小さな恥辱を受けても我慢して争わないで受け流すことの例えなんですが、大きな功績を上げた将軍韓信の有名なエピソードです。

韓信は若い頃、働きもせずに食べ物を他人から恵んでもらって暮らしていたので、みんなから軽蔑されていました。
ある時、彼がいつも剣を身に付けているのを見た町の若者が、「死ぬのが怖くないという勇気があるんだったら、その剣で俺を刺してみろ。できないんだったら俺の股をくぐれ」と、ケンカをふっかけてきました。
すると韓信は、じっとその相手を見つめた後、何も言わずに腹ばいになって股をくぐったので、町中の人に臆病者だと笑われてしまったんです。

後年、将軍として大成功を収めた韓信は、かつての若者を呼び寄せて取り立ててやり、「あの時は、この男を殺しても何の得にもならなかった。だから我慢したのだ。その結果、現在の私があるのだ」と言ったというのです。

中国にはこうした似たようなエピソードがたくさん伝えられています。
この題材は彫り師の中では人気があったのでしょうか 雲蝶だけではなく他の彫り師の作品の中にも見る事ができます。

ではまた

すい子
posted by 南魚沼雲蝶会 at 10:02 | Comment(0) | 会長のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2021年02月16日

つぶやき その184

≪ 大江山の酒呑童子と呼ばれる鬼退治の作品 ≫

雪の降る季節は、どの寺院も静まり返って静寂そのもの。
観光シーズンには人をかき分けても時間が足りないほどごった返す寺院ですが、真冬は180度真逆の世界ですね。
オマケにコロナウィルスの影響で観光地は火が消えたよう・・・・

でも待てよ!?(笑)

案外これは私にとって都合がいいのかもしれない。
雲蝶の作品鑑賞はいつ、どんな時に訪ねても一人になる事はほぼ無いのです。
それだけ雲蝶の作品に興味を持っている方々が多いという事になりますが、個人的にはお客様のご案内以外は1人でじっくり雲蝶と向き合いたいと思っているのが本音です。

こんなコロナ禍で真冬の、殊に大雪と言われる2月初旬!
こんないい時期に行かない手はないわ!と防寒対策を万全にして西福寺を訪ねました。

う〜〜〜っ!! でもやっぱり寒い!!

火の気は無し、人気も無し! 覚悟をしていたとは言えお寺の寒さは尋常ではないわ!(笑)
そこにご住職の奥さまが『今日の予約はすい子さんだけだから、貸切だね。好きなだけ観ていっていいわよ〜』と、嬉しい一言

朝から昼過ぎまで雲蝶と二人だけの時間をたっぷり過ごしました(^^♪
そんな中でもう一歩深く知りたいと、思うようになった事があります。

人物が登場する作品は必ず物語になっている事が多いのですが、開山堂の中でも音声案内でそれをガイドしてくれています。
しかし、わずか10分ほどの音声ガイドの中で全ての作品の題材を紹介する事は困難です。
欄間1枚にしても、題材のどの部分なのか、どの場面なのか、作者によって捉え方が違うので同じ題材でも全く別物になる時があります。

そんな面白い方法で其々の作品を見比べるのも楽しいですね♬

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今日は、雲蝶の作品の中で穴地の十二大明神に残る、大江山の鬼退治の紹介をします。
源頼光一行が大江山に棲む酒呑童子と呼ばれる鬼を退治するというストーリーですが、『酒呑童子絵巻』などにによれば、時代は一条天皇の頃、西暦1000年前後になります。

当時、京の都では美しい若い娘たちが次々と攫われていました。
これは大江山に棲む酒呑童子と呼ばれる鬼の仕業であると、時の帝一条天皇の命により攫われた娘たちを助け出し、酒呑童子を退治する為に大江山に差し向けられたのが、源頼光を頭に藤原の保昌、他に四天王の面々、坂田金時、渡辺綱、卜部季武、碓井貞光ら、6人でした。

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京を出発した一行は酒呑童子の棲む大江山の城を見つける事ができずに困っていると、不思議な老僧たちに出会います。
頼光らはこの時は気づかなかったのですが、老僧らは住吉や八幡の神が姿を変えて加護に現われたものでした。
老僧は一行に山伏姿に変装する事をすすめ、『神便鬼毒酒』という酒を持たせるのです。

この酒は鬼が飲むと毒の酒に変わるという特別な酒だったのです。
その酒を持って山また山を越えていくと途中、川のほとりで血のべっとりとついた着物を洗う娘に出会い、鬼の居所を聞き、やっと酒呑童子の屋敷にたどり着きました。

酒呑童子は山伏の一行だと信じ頼光らに血の酒と人肉で手厚くもてなし、頼光らは例の酒を手土産として差し出しました。
そして酒呑童子を始め手下の鬼たちに飲ませたのです。
酔いつぶれた鬼たちを一気に討ち果たし、捉えられていた娘たちを救い出し一行は都へ帰っていったのです。

打ち取られた酒呑童子の首は見せしめとして川原にさらす為、都に持ち帰るはずだったのですが、途中丹波の国境の老の坂で急に首が重くなって持ち上がらなくなり、そこに葬られてしまったのだと伝えられています。

雲蝶はこの物語の中で山伏に身を替えた頼光らが、山中の川のほとりで鬼の着ている着物を洗濯している娘に出会い鬼の場所を訪ねている場面を彫りあげました。

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この欄間だけでは何をしている娘なのかわかりませんが、物語を読むと洗濯をしていた娘なんだと理解できます。
でもこの中で雲蝶はちゃんとヒントを残しています。
よく見ていただくと娘のうしろの松の奥には滝が落ちてきています。という事は川が流れている事が分かりますし、洗濯物こそ持ってはいませんが指をさした娘の着物の袖にタスキがかかっているのが分かります。

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矢印はタスキ(笑)です。

別の彫り師(作者不明)の場面も雲蝶と同じです。この場合もタスキを掛けていますので、川の傍でタスキを掛けた娘といえばやはり洗い物をしているイメージでしょうか。

見落としそうな細やかなヒントですが、場合によっては洗濯娘が洗濯婆になっている時も有ります。
色んな発想が楽しいですよね♪
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次回はどんな作品をご紹介しましょうか。お楽しみに。

ではまた。

すい子
posted by 南魚沼雲蝶会 at 12:43 | Comment(0) | 会長のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする