2019年10月30日

つぶやき その157

≪ 新潟日報社主催の雲蝶ツアーが終了しました ≫

≪ 未来のチカラ in 魚沼 ≫魚沼地域の観光を底上げする一環で、新潟日報社主催のバスツアー『魚沼 石川雲蝶の旅』が先日10月26日、予定通り催行されました。
新潟駅南口発着の便利さから、多くの雲蝶ファンのご参加を頂き40名の皆さま、どなたもキャンセルされることなく満席の状態で出発致しました。
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出発した時はまずまずの傘要らずの天気でしたが、魚沼に近づく頃にポツポツと当たりはじめ心配しましたが、午後から持ち直し皆さんには1日ドップリと雲蝶の作品に浸っていただきました。

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紅葉のシーズンと重なり、天気が悪いと屋内にドっと人が集まります。それを一番心配していましたが、思ったほどの混雑もなく永林寺さま、西福寺さま開山堂、龍谷寺さま、瑞祥庵さま、4寺院の素晴らしい雲蝶の作品を満喫していただく事ができました。
当日の様子は10月29日の新潟日報中越版に掲載して頂きました。

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私は発信力がありません。バスツアーや雲蝶の講演会を企画しても、せいぜいフェイスブックやブログで紹介するか、地元周辺で吠えている程度なので県内まで届きません。こんな時、新聞のチカラは凄いんだと改めて、新聞に掲載して頂けることの有難さを実感しました。
大型バスを満席にさせ、キャンセル待ちを受ける様な集客力は、やっぱりメディアならではですね(^^

このツアーで石川雲蝶に興味をもっていて下さる方々が多い事を知りました。
こんな人をまた深い眠りにつかせては余りにももったいない!! この先二度と現れる事の無い彫り物師だと思っています。地道な活動ですが全国区デビューを目指して「日本のミケランジェロ」になってもらえるように、吠え続けていきます。
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ご参加くださった40名の雲蝶ファンの皆様と、このツアーを企画してくださった新潟日報社さんに感謝申し上げます。

ではまた来週

すい子
posted by 南魚沼雲蝶会 at 14:51 | Comment(0) | 会長のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2019年10月23日

つぶやき その156

≪ 未来のチカラ in 魚沼 ≫

新潟県魚沼地方の観光を底上げする一環として、9月から始まった≪未来のチカラ in 魚沼≫。
その中で石川雲蝶を大きく取り上げていただきました。

俳優の加藤清史郎さんを西福寺の開山堂をご案内したのもその企画でした。
NHKの大河ドラマ「天地人」に出演していた時の記憶しかなく、18歳になった清史郎さんはイケメンの好青年に成長していました。
とても清史郎クン!と、幼い頃のイメージでは呼べないくらいにステキな青年でした。

私の案内にも真剣に耳を傾けてくれて、質問も的確にするので私の方がドキドキしてしまいました。
特に内心驚いたことは、帰り際に本堂の前を通り過ぎる時、彼は立ち止まって座布団に座りご本尊に手を合わせてお参りしているんです。
それも、背筋をピンと真っすぐ伸ばしてきれいな姿でした。物心つく頃から大人の中で仕事をしていて多くの学習をしてきた結果なのだろうと感じました。

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その時の事が新潟日報の記事と動画で掲載して頂いています。【動画はこちらから】

そして、新潟日報社主催の「魚沼、石川雲蝶の旅」のバスツアーが、26日土曜日に新潟駅南口発着で催行されます。
西福寺、永林寺、龍谷寺は当然の事ながら今回は、「ボロボロで見る価値ない」と言われて、皆さんの興味から縁遠かった湯沢町の瑞祥庵にある楼門の仁王尊を鑑賞します。
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事前情報で公開されているにも関わらず、ここを訪ねる観光客は少ないのです。
この仁王尊に残るエピソードやなぜボロボロなのか、話を聴きながら観る事の大切さはこの仁王尊の事を言っているのだと感じています。

雲蝶が彫りあげたこの仁王尊に語られるエピソードを聴いていただければ、きっと怖ろしい顔をした仁王尊もいとおしくなりますよ!

ではまた来週

すい子
posted by 南魚沼雲蝶会 at 09:51 | Comment(0) | 会長のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2019年10月16日

つぶやき その155

≪ 9日、雲蝶作品新発見の鑑賞講演会が終了しました。 ≫

今年ほど災害の多い年はないような気がします。
台風15号の爪痕も消えないうちに、今度は19号のダブルパンチです。
こんなのが毎年襲ってきていたのでは、家がいくつあっても足りません。どうしてこんな酷い災害が続くようになってしまったのでしょう。
災害に遭われた多くの方々に、心からお見舞い申し上げます。


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さて、
雲蝶に特化したマニアックなブログは、覗きに来てくださる方もマニアックな方が多いのだと考えます。
更に南魚沼雲蝶会では不定期に講演会を開催していますが発信力が低すぎて、こうした講演会を開催している事さえ知る方は少ないです。
このブログかフェイスブックでお知らせしたり、ささやかなチラシは行動範囲内の観光協会に置かせていただいたりするくらいで、発信力の無さは自身でも痛感しています。
それでも遠くは横浜から、県内では長岡から来てくださった方がいて、ホントに頭が下がる思いです。

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今回は私が譲り受けている雲蝶の欄間3枚と、最近長岡市内で発見された「岩に亀」の置き物、そして昨年からずっと追い続けている群馬県の神社に残され、刻銘もはっきり読み取れて雲蝶が越後入りする以前の若い頃の作品とわかりました。
ここに運ぶことはできないため、パネルにして紹介しました。

この3点を鑑賞していただくつもりでいましたが、「岩に亀」の持ち主が骨董の趣味を持ち、他にも雲蝶の作品だと言われる2点の置き物の公開を許可いただきましたので、参考の意味で展示しました。
「岩に亀」は雲蝶の特徴がよく表れていて、底にも雲蝶の見慣れた筆跡で刻銘が彫られていましたので、確実だと実感しました。
参考にお借りした2点は、雲蝶の得意とする寝牛と将騎の置き物でしたが、寝牛はどうしても納得のいかない部分が1ヵ所、気にかかったので保留にさせていただきました。その他としては雲蝶なら彫り物には刻銘を彫るのですが、墨書きで石川雲蝶と書いてありました。それも雲蝶の筆跡とは思えませんでしたので、奨騎も同様でしたので、私の勝手な判断で申し上げる事は控えました。

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この日、そこでサプライズがありました。
小千谷から来てくださった方が所有している寝牛を持参してくれ、皆さんで拝見させていただきました。
雲蝶の作品を少し深く鑑賞している方なら、雲蝶がバージョンによって刻銘を使い分けている事をご存知かと思います。
「東匠」という刻銘が彫られていました。いくつかある名前の一つです。
少し上向き加減の首を左向きにした構図で、私としてはこちらの寝牛に大変興味が湧きました。もう少しゆっくり拝見したかったのですが、借りる訳にもいかずそのまま持って帰られました。
ケヤキに比べると軽いという感じでしたが材質は見分けられませんでした。
刻銘から見ても雲蝶の作品だと申し上げたかったのですが、どうしても目の部分が、雲蝶ならもっと丁寧に彫るのではないかとほんの小さな疑問が頭をよぎり、もう少しゆっくり観たかったと、今になって後悔しています。

今回の3点は雲蝶作品だと言われる持ち主と、サプライズで持参してきた方、共にその作品の出どころは不明です。
どこの家でどういう雲蝶との関係で彫られた物かとか、先祖代々伝えられてきている言い伝えとか、なぜ手放さなければならなかったのかとか、一連の経緯が全く分からないのです。
つまりは骨董屋を経由して手に入れた物だという事です。
いろんな事情で持っていた蔵を払い出しする家も多かったのだろうと思いますが、それが次々と流れて出どころが不明になる事が多々あったのだろうと想像します。そういう物が水面下で取引されているのだろうと、今回実感しました。

彫り物の美術的観点から雲蝶の作品の素晴らしさがわかっている方々なのだろうと思い、その方々の手元でどうか大切に子孫に伝えていっていただきたいと切に願っています。

ではまた来週

すい子
posted by 南魚沼雲蝶会 at 13:03 | Comment(0) | 会長のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする